「 胡 蝶 の 夜 」




 お互いの気持ちが分かってしまうと、里で会うことが気恥ずかしくなった。
誰かに、咎められたわけではない。けれど、属する里が違うという事実が、ふたりの心のどこかに影を落としている。


 胡蝶街、とその町は呼ばれていた。
さほど大きくはないが、火の国と風の国の国境近くに位置し、旅人達の骨休めどころとして賑わうところだった。旅籠が建ち並び、雑多な料理屋が店を構え、裏通りには女達が一夜の夢を供する妖しい店がひっそりと佇む。
集まるのは、さまざまな国のさまざまな人々。すれ違う人を知らないのは当然で、誰も他人に注意は払わない。身を隠すにはうってつけの場所と言える。
 自然に、ふたりで会うのはこの街ということになった。


 シカマルは窓の桟に肘をつき、ぼんやりと下を眺めていた。
旅籠の二階の部屋からは、通りを行き交う人々が見える。そろそろ深更といっても良い時刻だと言うのに、着いたばかりの旅人や酔っぱらい、それを店に案内しようとする客引きなどでまだ人通りは多かった。
サザイが、テマリの休暇の予定を知らせて来たのは五日前。シカマルはただ、今日の日付とこの旅籠の名前を書いた紙をサザイに託した。待ち合わせを旅籠にしたのは初めてだ。その意味を、彼女は分かっただろうか。
テマリに会うのは、ふた月ぶりになる。顔を見たい、とシカマルは思った。自分は恋愛に対しても淡泊な方だと自覚していたが、長く離れていると不安がつのった。彼女はくノ一だ。上忍の今も常に最前線に身を置き、死の危険にさらされている。手紙が来たので無事なのは分かっているが、顔を見なければ現実感を味わえない。
普通の男なら誰しもが思う、自分の恋人が他の男に心を奪われているのではという不安の方が、きっと楽なんだろう。
 …カタン。
部屋の入り口で音がした。わざと古風に作られた横引きの戸がスッと細く開く。
「シカマル?」
うかがうようなテマリの声。
「ああ」
肘をついたまま、顔だけ入り口の方へ向けてシカマルは答えた。すると戸がさらに引かれ、明かりを落とした部屋の中へテマリが入ってくる。
 シカマルは、目を見開いた。
今日、テマリは鮮やかな朱の小袖を着ている。髪をゆるく結い、衿を少しぬいて、胸元を広げて。
 ここに来る時、忍装束を着ないのは当然だった。いつも、誰の目にも止まらないような年相応の格好で会っている。けれど、今日は……
「ん?どうした」
黙ったまま茫然としているシカマルのそばへ来て、テマリは腰を下ろした。
「そのカッコ…」
シカマルがまじまじと見つめながらようやく言うと、彼女は衿に手をやって照れたようにほほえむ。
「この時間なら、こんな感じが目立たないかと思ったんだ」
たしかに、この時間に外を歩いているのは夜の仕事に就いている女が多い。テマリの考えはおかしくない。
「女らしい服なんて持ってないから、母さまの一張羅着て来たんだが…変、かな。まぁ、着慣れないからな」
シカマルの沈黙を悪い方にとったのか、彼女は言い訳をするように言って、うつむいた。シカマルは思わず、その頬へ手を伸ばす。
「へ、変じゃねェよ。いつもと違うから驚いた…だけだ」
視線を上げたテマリにつっかえつつ言った。
 変どころか。いつもは地味な忍服に封じられている彼女の色香が、匂い立つようだ。
「そうか。ならいいんだ」
安心したように、テマリがまたほほえむ。わずかに紅を差した唇を見ると、自分の中のひどく原始的な感情がかき立てられる気がして、シカマルは焦った。
「誰とも喋らなかったか?」
それをごまかすように、自分もほほえんで訊く。
「ああ。誰とも喋ってないが、それがどうかしたか?」
意味の分からない質問に、テマリは不思議そうな顔をする。
「その喋り方じゃ、とたんに夜の女じゃねェってバレちまう」
「ははは。なるほどな」
弾けるように、二人して笑った。笑いながらシカマルは頬に寄せた手を肩へ動かし、ぐいとテマリを抱き寄せる。
「わっ」
不意打ちだったのか、彼女はシカマルの胸に倒れ込んだ。
 細い肩と、後れ毛のかかる項が腕の中におさまる。少し痩せたな、とシカマルは感じた。相当に厳しい任務が続いたんだろう。
「色気ねー声出すなよ」
「うるさいな。今さら変えられるか」
憎まれ口を叩きながらも、テマリはシカマルの背中へ手を回す。お互いの体温が伝わって、やさしいあたたかさに変わる。
「……無事でよかった」
髪に顔を寄せて、シカマルは言った。テマリは何も言わずにうなずいて、背中にまわした手に力を込める。ふたりとも、うれしくてせつない。好きだと自覚するほどに、遠く思えてくる里と里の距離。今度も、会えるのはたぶん二日間ほどだけだ。そしてまた、別々の場所へ帰らねばならない。
 


 シカマルが髪に埋めていた顔を離すと、テマリも顔を上げた。何かの合図のように、額と額が近づく。焦点が合うぎりぎりまでお互いを見つめ、目を閉じると同時に唇が触れる。
ただ触れるだけのように浅く。やがて唇を開き、甘い滴を舌にのせて、深く。テマリが唇を離そうとするのを、シカマルは耳の後ろへ手をやって阻んだ。いつもより長い口づけで、自分の意志を伝える。
「んっ…」
テマリの指が、シカマルの腕を掴む。彼が唇を離すと、はぁっとテマリは大きく息を吐いた。彼女は口づけの間中、息をすることができない。シカマルはその淡く上気した頬と濡れて光沢を帯びた唇を見るのが好きだ。ほかに誰も知らない、テマリのこんな表情。もっと見たい、と思う。
「テマリ」
名を、呼ぶ。彼女の視線が上がる。無防備に自分を見上げる肩に両手をかけ、畳の上へゆっくりと倒す。テマリは抵抗しなかったが、じっとシカマルの顔を見ていた。
 テマリの体が完全に横になった状態でシカマルは肩から手を離し、彼女の耳の辺りに両手をついた。足は片方、彼女の足の間に置く。
「…どうした?」
あまりにもテマリが固まったように自分を見ているので、上体を起こしたままシカマルは訊いた。
「おまえ…慣れてるな」
つぶやくように、テマリは言う。
「は?」
「慣れてるんだな、こういうこと。私は…心臓が止まりそうだが」
安心したように、でも少し悲しそうな顔。シカマルはぐっと一度口を引き結び、両手を肘まで畳につけて、鼻の頭がふれ合いそうなほど屈む。
「慣れてねーよ」
「え?」
今度は、テマリが訊き返す番だ。
「オレだって初めてなんだよ、こんなこと!」
そう言うと同時に、シカマルは手の力を抜き、テマリに完全に覆い被さる。彼の体の重みと鼓動が伝わってきて、テマリははっと息を呑んだ。
 彼女の右胸に響くシカマルの鼓動は強く、とんでもなく早い。
「…余裕ある男にみせたかったんだよ。悪ぃか。こういう時は男がリードするもんだろ」
テマリの耳元に唇を寄せて、シカマルはぶつぶつと言った。彼は「男だ女だうるさい…」とテマリがお決まりの台詞を口にするのを覚悟したが、何も聞こえてこない。そっとのぞきこむように顔を上げると、彼女はほほえんでいた。
「じゃあ…たのむ」
そう言ってテマリはわずかに首を持ち上げ、自分から口づける。まだかすかに赤みの残る頬が彼女を幼く見せていた。
「テマリ」
「…ん?」
「こんな時だから、言うんじゃないからな。今言いたいから言うんだ」
理屈っぽいのは性分だから仕方ない。
「おまえが、好きだ。そんな顔、他の誰にも見せないでくれ」
シカマルは、自分の顔も赤くなるのが分かる。でもそれは正直な気持ちだった。独占欲。自分にもそんなものがあったのかと不思議に思う。
言われたテマリは一瞬目を丸くし、
「ああ」
とうなずいて、いっそうほほえんだ。



   青さが香る真新しい畳の上で、シカマルはテマリの首筋へ唇をつけた。華奢な細工のような鎖骨まで、ほんの少し舌を触れさせながら這わせていく。
「はぁっ…」
 首筋を舐められているのに、なぜか腰から上がってくる震えに、テマリは吐息をもらした。だんだんと唇が乳房のほうへ下りてくると、その震えは熱くなる。
 シカマルは指をテマリの着物の襟にかけ、ぐっと引き開けた。力加減を知らぬ指には容赦がなく、彼女の乳房をあらわにしてしまう。
「・……!」
急な仕草に驚いて、思わずテマリはばっと片手で胸を押さえようとした。しかし谷間あたりに唇を付けたままのシカマルは、その気配に気づいて手首を取る。
「やめ…」
「いーから。隠すなよ」
すこし顔を上げて、みるみる顔を赤くするくテマリを見た。彼女はさっと横を向いて視線を外す。たとえ今頭を力いっぱいはたかれても、やめるつもりはない。白くてやわらかいテマリの乳房は、シカマルの唇を誘って止まないからだ。
 シカマルは片方の手でテマリの手首を握って畳に伏せ、片方の手は彼女の乳房をつかむ。強くも弱くもない握り方で何度も。唇は谷間から這い上がって、淡い桜色の頂に達した。
「ん…あぁ…」
温く湿った舌の感触に、テマリはぎゅっと目をつぶる。自分の意識が、胸にだけ集中するのを感じた。口に含まれ、まるく舐められ、甘噛みが繰り返されると、彼女の足の間に未経験の疼きが生まれる。痛み、とは言えない不思議な感覚。とくんと奥が脈打ち、きゅうと収縮する。テマリはそれから逃れるように膝を立てた。彼女の足の間にはシカマルの体がある。ちょうど彼の腰あたりを挟みこむようになってしまう。
「大丈夫か?」
自分の体をぐっと捉えたテマリの足に少し驚いて、シカマルは上体を起こした。
「ああ・・・なんか、ヘン、だ…シカマル…」
息を混ぜながら、テマリが途切れ途切れに言う。瞳が潤んで不安そうに彼を見ている。
 しかし、その表情は本人の気持ちとはうらはらに、シカマルの雄性を煽った。
 うわっ…いつも気ィ強そうにしてるぶん、すっげー破壊力…。
火がついたように猛ってくる自分自身を意識して、シカマルの額に汗が浮かぶ。理性を保て、と言い聞かせていないと、テマリを乱暴に扱ってしまいそうだった。
「怖ェのか?」
「ううん…違ぅ・・・体が、熱い…」
必死で訴えるが、シカマルがそれをどうしようもないことも、何となく分かる。これが感じる、ということなのかもしれない。
「でも、大丈夫、だから…」
テマリは自分の手を、乳房に当てたままのシカマルの手に重ねた。
「…どうしてもイヤだったら、言えよ」
逃げ道を残してやるように、彼は言った。自分にすべてを委ねようと決めてくれたらしいテマリに、無理はさせたくない。
こくん、と彼女はうなずき、膝を下ろした。シカマルは手首を握っていた手を離し、テマリの細い腰をなぞるように下げて着物の裾から足へ忍ばせてゆく。
 テマリの腿はしっとりとしたあたたかさでシカマルの掌を迎えた。思わず、膝の上辺りから付け根の手前まで何度も手を這わす。
「んんっ…」
テマリは小さくうめいた。
記憶にないほどの緊張感を覚えながら、シカマルはさらに奥へ手をすすませた。小袖なので、下着はつけていないらしい。手に伝わるあたたかさが熱に変わる。その熱の在り処に中指と人差し指だけを擦り付けるようにのばす。くちゅ、という小さな音とともに、濃度のある蜜が指を濡らした。それがそのまま、細い溝の内にひそむ花弁へ指を導く。
「…っあぁん」
ふいに敏感な部分を擦られて、テマリの腰はたわんだ。じっとしていられない疼きが体を侵す。
彼女の堪えかけた甘い啼き声が、シカマルの余裕をさらに奪う。ズボンの中で自分のものが、ぎちっと軋むのがわかった。彼はテマリに声を上げさせた花弁の上辺の小さな丸い箇所を、転がすように弄る。そのたび、彼女の内腿はぴくりとふるえ、指を濡らす蜜が増えるのだった。
 シカマルは、決心したように体を起こした。ズボンの腰紐をゆるめ、張りつめた自分自身を解放する。それはまるで彼の本心を見透かすように、早く早くと急かして脈打つ。
「テマリ」
また名を呼んで、シカマルは彼女の顔をのぞきこんだ。そして下半身を密着させる。腿に触れるその猛りに気づかないはずはない。テマリは一瞬、怯えたような目をした。それでも、
「うん…」
と、ささやくように言って、足をすこし開いた。怖さは、たしかにある。だが、同じくらいの欲望が、自分の中にあるのも感じる。シカマルを受け入れたら、このもどかしい疼きがきっとおさまるはず。
 シカマルはためらわずにすんだ。テマリの洞の入り口は、招くように熱く潤っていたから。先端をわずかに差し入れると、やわらかで狭い肉壁がせばまりながら押し返してくる。それに逆らい、腰を進める。
「はぁっ…」
体の奥が割り広げられる感覚に、テマリは息を吐いた。そんなつもりはないのに内が収縮し、シカマルのものの存在を伝えてくる。
 痛みを、覚悟した。どれほどのものか知らないけれど。
 シカマルはテマリの肩に手をかけた。頬を寄せて、さらに猛りをぐっと差し入れる。その先を阻む、強い抵抗。腰を掬い上げるように突き進めた。
「うぅ…ああっ」
テマリがくぐもった声を上げてのけぞる。ほぼ同時に、シカマルのものを押し返そうとしていた狭い洞がうねって、奥へ迎え入れた。
「痛い…か?」
動きを止めて、シカマルはテマリを見つめる。彼女は眉根をすこし寄せ、目尻に涙をためていた。痛そう、だ。
「いいんだ」
テマリは、ずくんと腰に広がる痛みに耐え、そう言った。一度目を閉じて、小さく呼吸する。
「・・・おまえだから・・・いいん、だ…」
かすかにほほえむと、彼女の内が絞り込むように動く。シカマルは急に襲ってきた快感に、思わずさらに腰を進めた。
 ゆっくり、やさしく、と自分に言い聞かすが、頭の中が欲望に灼きついて、テマリの洞を蹂躙する。猛りを入り口ぎりぎりまで抜き、また熱い内へ突き入れる。何度も、何度も。
やがて、繋がった部分からくちゅくちゅと濃い水音が上がり始めた。
恥ずかしさに声を殺して唇を噛み締めていたテマリは、湧き上がってくる快感が痛みを打ち消していくのがわかる。彼女は無意識のうちに、腰を浮かしていた。堅いものが、洞の奥と入り口の敏感な部分を強く擦る。
「んあっ…ああん…」
抑え切れず、喘ぐ。その声がシカマルの耳に、たまらなく色情的に響いた。彼はテマリの肩を掴んだ手に力を入れ、いっそう動きを早めていく。彼女の内はシカマルのものを咥えこみ、きゅうと締め上げて限界まで追い込む。
「…はぁっ…悪ィ、オレもぉ、ダメ、だ…」
今にも弾けそうな猛りをぎりぎりで留め、シカマルは歯を食いしばった。
 テマリはそれに言葉で返す余裕はなく、ただ一度うなずいて応えた。
シカマルが深く腰を打ちつける。テマリは味わったことのない絶頂感に自分が押し上げられるのが分かった。カリリ、と彼女の爪が畳の目を引っ掻く。
「っはぁああん!」
先に果てたのはテマリの方だった。背中が反り、乳房がたわむ。そのきつい収縮に耐えられず、シカマルの箍も外れた。最奥を突いたまま、テマリの上へ倒れ込む。彼女は自分の内を、熱い滾りが満たすのを感じ、足を震わせた。



「はぁ…。カッコ悪」
シカマルはため息をついて、隣に横たわるテマリの腰を抱き寄せた。
 初めてだったというのに。隣に布団が敷かれた部屋があるというのに。服もろくに脱がず、畳の上で彼女を組み敷いてしまった。その、自分の性急さが情けない。
「いいさ。気にするな」
テマリは閉じていた瞼を開け、ほほえんで言った。乱れた髪をそのままに、気だるげな雰囲気が色っぽい。
「十二、だぞ」
彼女の頬にかかる髪を後ろに梳いて、シカマルは額を寄せる。
「ん?」
「十二の時からずっと、おまえだけを見てきた。やっとオレのもんだ…」
死局から救い出してくれて、初めてテマリが笑ったあの瞬間に、恋をした。面倒なことが嫌いな自分を、平静にさせておかないただひとりの女。逆巻く風をあやつる、美しいくノ一。
 その人が今、自分のものになって、腕の中にいる。
「…ありがとう」
テマリが、ささやいた。
「礼を言うのは、変かな…うまく、言えないな」
はにかむように言葉を止めた続きを、シカマルは黙って待つ。
「おまえが、私を女でいさせてくれる。戦いだけの毎日から、解放してくれるんだ」
一息に言って、テマリはシカマルの胸に顔をうずめた。いつからだろう。ただ強く在りたいとだけ思っていた自分が変わったのは。今は彼とのんびりした時間を楽しみ、ぬくもりを心地いいと思うことができる。
 シカマルは何も言わず、テマリの腰にまわした腕をさらに引き寄せた。
この先、何がふたりに起こるのか分からない。ずっと一緒に居られるの日が来るのかどうかも。だからせめて、お互いの存在を確かめられるこの時間を大切にしたい、と思った。

 窓の外からは、まだ賑やかな街の音が聞こえてくる。
 ゆっくりと顔を上げたテマリが、シカマルを見つめた。ほんのすこし、濡れた唇が開く。それは、照れ屋の彼女が示すひそかな合図。
 シカマルは迷わず唇を寄せ、深く深く口づけていった。




end





 なげぇぇーーーー(笑)
いつもながらムダに長いです。ふたりの初めての設定なので、なるべく丁寧に書いてみました。これはエロ…いのか?
自分でもよくわかりません!!ダッシュ!!(逃亡)




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