03 : 「 素直になれない 」




 珍しく親子の休日が一致した日。
シカクとシカマルは縁側でのんびりと碁を打っていた。ぽかぽかとあたたかい日射しが、否応なく眠りに誘う。
「ふぁ…。おい、オヤジ。あんま長考してっと、オレ寝ちまうぞ」
シカマルはあぐらをかいた足に肘をついて言う。シカクは腕組みをしたまま、次の手をかれこれ十分ほども考えているのだ。
「急かすなよ。今、いい手が浮かびそうなんだよ」
 …ったく。そんなこと言っていい手だったためしがねーじゃねェか。
シカマルは口に出さず、心の中で毒づく。父親だから、威厳とやらを一応は尊重してやっているのだ。
「そういえば、あの子大変だな」
碁盤の目に視線を落としたまま、シカクはふいに言った。
「あの子って?」
意味が分からず、シカマルは問い返した。
「テマリさんだよ。次の風影に選ばれたんだろ?」
「はぁ!?」
まさに寝耳に水。シカクの発言に、思わずシカマルは身をのりだす。
「…おまえ、知らなかったのか?」
シカクが驚いて顔を上げた。
「知らねェよ。先週会った時だって、そんなことひとことも…」
言ってなかった。いつも通りのテマリで、砂の里の使者として任務が終わると、シカクに薬学の勉強のための資料を借りに来て、帰っていった。あっさりと。
「そうか。上忍連中の会議でそんな噂が流れてたからな。ほとんど決まったようなもんなんじゃねェか」
「ふーん…」
シカマルは生返事を返す。
 風影、か。
テマリなら適任だと思う。前風影の長子だし、責任感が強くて冷静だ。実力だってかなりある。若いことを除けば、風影の名にさほど遜色はない。未熟な部分は、老練な幹部たちがバックアップするのだろう。
至極まっとうな決定。しかし、シカマルは眉根を寄せた。
 あいつが風影になったら、もうあんまり会えなくなるな…。
そう思うと、すこし憂鬱だった。
テマリが砂の里の象徴として、“風”の一文字を冠する。そうなれば、大名との折衝や里の運営に追われ、気軽に出歩くことは許されない。ましてや、木ノ葉の中忍の端くれでしかない自分が、個人的に会う機会などあろうはずもなかった。
急に、テマリは手の届かない場所へ行ってしまう。いろんな想いを、置き去りにして。
 なんだよ。ひとことくらい言えよな……。
シカマルは指に挟んでいた黒い碁石を、ぎゅっと力を入れて握った。



 次の日、本部の上階へ続く螺旋階段を、シカマルは忍服のポケットに手を入れ、ゆっくりのぼっていた。彼にやる気が見えないのはいつものことだが、今日は普段よりほんの少し足取りが重い。本人も気づかないくらいに。
放射状に伸びる段の途中で、シカマルは足を止めた。ふぅ、と大儀そうにひとつため息をつき、上げかけた足を止めて下の段に置く。建物の外に目をやれば、遠くまで木ノ葉の街並みが広がっている。見慣れた風景だ。
 オレは火影ってガラじゃねェし、そんなもんになれるわけもねェしな……
我ながら可笑しかった。どうしてもテマリと同等になりたいのだろうか。
「しょうがねーよな……」
小さくつぶやいた時、上の階でパタンと扉の閉まる音がした。コツ、コツ、コツ。規則的な足音が、こちらの方へ下りてくる。シカマルははっとした。木ノ葉の忍は、普段から訓練の為に足音を殺して歩く。この建物で足音を立てるのは、木ノ葉に属さない者だけだ。敵意のない証拠として、自分の気配を秘さず、足音を立てて歩くのが暗黙の了解だった。
思わずシカマルは、視線を上へ投げる。
ふわり。淡い紫の帯が、上から吹き下ろす風にさらわれて、先ず視界に入ってきた。
 会いたいような、会いたくないような。
喉の奥に苦みを感じて、シカマルは一度視線を逸らした。
コツ、コツ、コツ。
「おっ」
相手の方が、先に声をかけてくる。
なるべく自然に、と自分に言いきかせながら、シカマルは顔を上げた。
「奈良シカマル。なにしてんだ?こんなとこで」
テマリが、書簡用らしき細長い箱を抱えて立っている。
「そりゃこっちの台詞だろうが。ここは木ノ葉の本部だぞ」
シカマルは苦笑しながら、三段上に居る彼女を見上げて言う。
「ああ、そりゃそうだな。私は例によって連絡役だ」
テマリは思い出したように笑って、さらに一段下った。
シカマルは彼女が持っている朱塗りの書簡箱が気になる。あれは多分、かなり畏まった文書を遣り取りするときのものだ。ということは、次代の風影自身が就任書を火影へ届けにきたのだろうか。
「どうした?今日はいつもにましてぼーっとしてるな」
テマリはほほえみながら、シカマルと同じ段にトン、と飛んで来る。まだほんの少し、彼女の視線の方が高い。
「……おまえ」
緑の瞳をじっと見つめて、シカマルは口を開く。
「風影になるのか?」
その問いかけに、ぴたりとテマリの動きが止まる。驚いたように目を丸くしたあと、
「その話か」
と言って、彼女は一度ゆっくりまばたきをした。シカマルは鼓動が少し早くなるのを自覚して、それでも視線を外さなかった。
「幹部から要請があった。でも、断った」
きっぱりと、テマリは言い切る。
「断ったぁ?」
シカマルは肩すかしを食らって、ただ彼女の言葉を繰り返すしかない。
「ああ。実力を認められたならともかく、血筋だけで決められるのは、本意ではないからな」
「血筋だけじゃねェだろ…」
テマリの戦いぶりを思い出しながら言うと、彼女はすこしムッとした表情になった。
「あのな。私が自分で、まだその器じゃないと分かってるんだよ。幹部連中だってそう思ってるくせに、風影っていう名目が欲しいだけの理由で私を選んだんだ。そんなの承諾できるもんか」
いつの間にかテマリは拳を握って、シカマルにせまるほど顔を寄せていた。
「わ、分かったから熱くなんなよ」
その迫力に圧されて、彼は半歩後ろずさる。
 オヤジの奴め。何がほとんど決まったようなもん、だよ。話が違うじゃねーか!
聞きかじった話で自分を揺すぶった父親に、シカマルは胸の裡で恨み言を吐く。まったく、人騒がせな。
「じゃ、おまえに決定したって噂はウソだったんだな」
それでも、確認するように彼は訊く。
「そうだ。風影になるなら、実力で選ばれてみせる」
背をまっすぐ戻したテマリはそう言い、一転、自信ありげに唇の端を上げてにっと笑った。
 ……ああ、何とも。
「おまえらしいなぁ」
シカマルもつられて笑う。
 まったく。この女は。むこうからお願いされてんだから、棚からボタモチだってのに。そういうのはホントに嫌いなんだな。
「それに、我愛羅だって最近は頑張ってるからな。もうしばらく経ってから、公平に決めさせるさ」
我愛羅の名前を口にしたとき、テマリはうれしそうだった。彼女が笑みとともに風影の座を譲るのは、おそらく彼ひとりだろう。
「あれ?風影の就任書じゃねェなら、何の使いなんだ?」
シカマルはテマリが腕に抱えた書簡箱を指差す。
「今日は、風影がしばらく空位になる代わりに、幹部達が合議で風影の代行を務める、という連判状を持って来たんだ」
言いながら、彼女はもう空らしい書簡箱を振ってみせる。
つまり、就任書と同じくらい重要な文書というわけだ。それなら、使いがテマリであることも、仰々しい箱なのも納得がいく。
「そうか。おつかれさん」
シカマルがねぎらうと、テマリはさっと顔をくもらせた。
「・・・おまえがそんな事言うなんて気味悪いな。さてはおまえ・・・」
「な、なんだよ」
顎を引いて自分をじっとにらむテマリの視線に、自分が気に病んだことを見透かされるような気がして、シカマルはすこし慌てる。
「私が風影になるって聞いて、うらやましかったんだろ!」
テマリはずばり分かった、という表情で、緑の瞳をきらきらさせながら言った。
「だれが、んなめんどくせーもんうらやましがるかっ!」
全然見当違いの指摘に、シカマルは思わず大声で言い返した。
 ったく、何にも分かっちゃいねェんだからよ。
「ああ、そっか。それもそうだな…」
テマリはくやしいほどあっさり納得して、引き下がる。

 ――――おまえが風影になったら、もう会えなくなると思って嫌だったんだ。
そう素直に言えたなら、きっといいのだろうけど。
そんなふうになるには、きっとまだたくさんの時間が要る。なぜって、彼女には「どうして会えなくなると嫌」なのか、理由まで説明しないといけないだろうから。そして、それを言葉にするのはとんでもなく難しいことだから。
 この鈍感女め……。
シカマルは焦れったく思いながらも、テマリの風影就任が留保されたことがうれしくて、ゆるむ口元を隠すように鼻の頭を掻くのだった。



end





 我愛羅が風影になる前に、風影不在期間があるので、こんなこともあったんじゃないかなぁ、と思いました。姐さんは責任感 強そうだから風影に向いてるでしょうし。シカク父はご愛嬌です。いや、シカマルの気持ちに自覚をうながした点では、意外といい仕事した んですかね(笑)?
 どうも、かみ合わなくて、それでも楽しそうな二人を書くのが楽しいので、甘い二人の話を待っていらっしゃる方には申し訳ないっス…。
足音云々の話は、私の想像なのであんまり深く考えないでくださいまし。




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