シカマルは視線を頭上に向けたまま、木立の中を歩いていた。 重なる葉と葉の間から、高く澄んだ青空が見える。残念ながら彼の好きな雲はないが、父との朝修行で疲れた体には、かすかに吹く乾いた風が心地よかった。 ふいに、ふわりと藤色の淡い影が視界をかすめる。シカマルははっとしてそちらに目をやった。 彼が居るところから少し奥まった場所。楠の大木の枝に、帯状の布が垂れている。よく見ると二枚が重なり合っているようだ。 シカマルは、あれが細い腰の後ろで疾風に舞い上がるところを見た。だから見間違えるはずがない。視線をはずさず、ぐっと膝を折り曲げる。そして軽く跳躍する。 その辺りは大木が多かったので、いくつかの枝を渡り、難なく楠の側へ来ることができた。目当ての枝まで登ると、果たしてそこには砂の忍・テマリの姿があった。 彼女は幹に背を預けて腰掛け、大きな枝に足を置いて巻物を広げている。シカマルが隣の枝に飛び移った震動で目を上げた。 「ああ、おまえか…」 テマリと会うのは、木の葉病院で別れてから初めてだ。助っ人に来た彼らはすぐに砂の里へ帰ろうとしたが、火影がゆっくり休んでいくように薦めたと聞いている。 「何してんだ?こんなとこで」 シカマルは泣き顔を見られてしまったことを思い出して、どうしても言い方がつっけんどんになる。 「見りゃ分かるだろう。巻物を読んでるんだ」 特に怒っているふうでもなく、テマリは答えた。彼女が無愛想なのは元々らしい。 「ふーん。せっかくだから街に出りゃいいじゃねェか。女は買い物とか好きだろ」 「………あのな。おまえはいいかもしれないが、他の里人がコレを見たらどう思う?」 テマリは首元に下げた額当てを指差す。金属板に、くっきりと砂の忍の刻印。 「あ。そっか……」 「それに大蛇丸の策謀とはいえ、自分の仲間が破壊した里を見て平気なほど、私は図太くできていないぞ」 木ノ葉崩しの後、里の中は驚くべき速度で復興を遂げているが、未だ瓦礫だらけの場所も点在している。さすがにそれを見ると平静ではいられないのだろう。 「だから、人目のない場所にいるのか」 そう言ってシカマルも枝の上へ腰を下ろす。 「まぁな。どうせ人混みとか華やかな場所は苦手だし…私にはここがちょうどいい」 テマリの居る場所には枝から伸びる瑞々しい緑葉が重なりあって、淡い影を投げかけていた。 「火影が引き止めなかったら、ホントは早く帰りたかったんじゃねェの?」 「いや、そうでもないぞ。火影様が私たちをここへ置いているのは、うちの里が次代の風影のことでゴタゴタしてるせいもあるだろうからな…。まぁ、しばらくはお預かりの身ってわけだ」 「おまえらも大変だな」 しみじみ、シカマルはつぶやいた。そんな状況で自分たちに手を貸してくれたのだと思うと、何だか申し訳なくなる。なのに、自分の見せた弱音と失態ときたら……口から洩れるのは溜息ばかり。 遠くで、番い鳥が伴侶を呼ぶ鳴き声がする。かすかな風に葉がさざめき、心地よい音を響かせる。時さえ休息をとるように、いつもよりゆっくりと流れていく。 「………あいつは、行ってしまったんだったな」 シカマルがぼーっと森を眺めていると、テマリが口を開いた。 「あいつって?」 「うちはサスケ」 ふいに意外な人物の名を聞いて、シカマルはテマリへ視線を戻す。少し悲しい顔をして、彼女はうつむいていた。 「ああ。大蛇丸のとこに行っちまったよ。ナルトにも止められなかった」 「そうか……」 「気になんのか?」 問う声が、なぜか不機嫌になる。しかしテマリはそれに気づいた様子はなく、かすかにうなずいた。 「そうだな…。最初に会った時から、あいつの事が気になってた」 その言葉が、シカマルの胸をちくりと刺す。自分の感情のぶれにとまどって、彼はぐっと拳を握った。 「あいつは、我愛羅と似ている」 シカマルの胸中を知ることなく、テマリは続けた。 「似てる、って?」 「同じ眼をしているんだ。写輪眼という意味じゃなく…孤独で、強くて、哀しい眼。自分の命をぞんざいにあつかいながら、それでも、生に執着せずにはいられない……」 最後はつぶやきのように言って、テマリは遠くへ視線を投げる。シカマルは黙ってその横顔を見つめた。返す言葉が見つからなかった。ナルト、サスケ、我愛羅、そしてテマリ。彼には到底知り得ない辛苦を背負う者たち。どんな言葉を返しても、薄っぺらにしかならない。 シカマルには、自分がひどく甘やかされた子供のように思える。 「それでも、あいつがこれまでおかしくならずに済んだのは、この里に居たからなんだろうな」 表情を険しくするシカマルとはうらはらに、テマリは口調をやわらげた。気がつくと、おだやかな瞳を彼に向けている。 「どういう意味なんだ?」 「ここは、優しい。いろんなことが。ひとりで生きて行くには心強かっただろう。だけど同時に、私のような後ろめたい事をたくさん持った者には、時々居心地が悪くてたまらなくなる」 めずらしく饒舌に彼女は話して、目を伏せた。 シカマルは片膝を抱え、その上に顎を乗せる。身の回りに起こる大概のことには対処できる自負があったけれど、テマリにはそれが通用しない。意外な事を言って、何度も自分をとまどわせる。 「そんなに居心地悪ィのかよ……」 今、オレと一緒に居るこの時も?言外にそう問うて、シカマルの声は沈んだ。 「優しくされると、私に人の好意に甘えていい価値があるんだろうか、と考えるんだよ」 真剣な顔でテマリは答える。それを聞いたシカマルははぁーと大きく溜息をついた。 「おまえ、毎日そんな小難しいこと考えて生きてんのかよ。疲れねェ?」 彼女の生真面目さが痛々しいように思えて、シカマルは眉間を寄せた。当のテマリはきょとんと目をまるくする。 「もっと楽にいこーぜ。どうせ人生長いんだからよ」 シカマルがさらに言うと、彼女は弾けるようにあははと笑った。急に広がった屈託ない笑顔に、シカマルの方がびっくりする。 「『人生長いんだから』なんて言う忍には初めて会ったぞ…はは…ほんとに変わってるヤツだな」 「ハイハイ。どーせオレは変わってますよ」 テマリに茶化されて、彼はぷいと視線を逸らせた。子供っぽいか?いいさ。どうせ子供扱いされてんだ。 とん。 ふぃに、シカマルの居る枝がたわむ。正面を向くと、すぐそばにテマリが座っていた。気の遠くなるほどの年月を紡いできた太い枝は、ふたりぶんの重みを支えても何ともない。 「なんだ。拗ねたのか?」 彼女の表情は、まだ少し笑みを残してやわらかかった。 「べつに」 淡い珊瑚色の唇に目を奪われないように、シカマルはつぶやく。 「居心地が悪いなんて言った事は赦してくれ。私は、感謝しているんだ。うずまきナルトとか、ロック・リーとか……我愛羅を変えてくれた、この、木ノ葉の里のすべてに」 テマリの静かで真摯な言葉が、すとんと素直にシカマルの胸に納まった。頑なで取っ付きにくそうに見えても、こういう時はまっすぐな気持ちを伝えてくる。 シカマルはすうっと軽く息を吸って、空を見上げた。 やっと、綿菓子のようにもわもわした雲が現れはじめている。ひとつ、ふたつと。 「……ここへ、来いよ」 彼はそのままの姿勢で言った。 「ん?」 テマリが訊ね返す。 「いつでも好きな時に、ここへ来いよ。きっとそのうち、居心地良くなると思うぜ」 面と向かっては言えない言葉だった。彼だって、それほど器用には生まれついていない。ただ、テマリが木ノ葉の里を優しいと感じているなら、また来て欲しいと思ったのだ。 「ありがとう。いつかは、後ろめたさもなくなるかな…」 決して視界には入らないが、彼女がほほえんだ気がした。 シカマルはそのままごろりと枝の上へ横たわる。木の皮と新緑の香りにつつまれ、木漏れ日に目を細めた。それを、ゆっくりと流れてきたひときわ大きな雲が遮ってくれる。 「雲はいいよなぁ…」 いつもの台詞を、彼はつい口走っていた。はっとして頭だけを上げ、テマリの方を見る。すると彼女も空を見上げていた。 「そうだな。雲はいいな。自由気ままに流されて」 てっきり馬鹿にされると思っていたのに、意外な答えが返ってくる。それに、すこし楽しそうだ。 シカマルは嬉しかった。 真っ白い雲が、空の青を際立たせる。 同じ枝に並んだふたりは、飽くことなくそれを見上げていた。 優しさに接することを後ろめたいと思うほどの、重い足枷。テマリはそれから逃れることはできないのだろうけれど、せめて自分の前では笑ってほしい。シカマルは強く願った。 テマリの笑顔がどんなにいいか、彼はもう、知っているから。 ひさびさのお題物。シカマル→テマリで。 最初、テマリはサスケのことをかなり意識してましたよね?それを思い出して書いた話。やきもきするシカマル君です。 アニメでは、サスケとテマリが戦ったことあるってホントですか!?コミミにはさんでびっくりしました。サスケ←テマリ←シカマルなんて いうのも美味しいシチュかも…(ええ加減にしなさい) しかし、私の書くテマリは16歳とは思えない喋り方ですね…。個人的にテマリは「子供時代を奪われた人」だと思っているので、 どうかご容赦下さい。 |